癌の治療と精子凍結保存
癌治療がめざましく進歩した近年、老若を問わず多くの早期癌患者が治療後に長期存命することが可能となってきています。癌は、不治の病というわけではなくなってきているのです。そのため、癌の治療後にいかに豊かな人生を送ることができるか、ということが近年注目されています。
癌を治療するために使用される抗癌剤や放射線は、将来精子となる胚細胞を減らしてしまうために、癌を治療した後は男性不妊症となってしまう可能性があります。そのため、若い男性に対しては、癌を治療した後に、子供を作るチャンスを残してあげることが必要となります。今後、癌の治療を行う予定である未婚の若い男性は、抗癌剤を使用する前に精子を凍結保存することが勧められています。
また、まだ射精ができないような子供に対しては精巣組織を凍結保存するという方法がありますが、現時点では実験段階であり、ヒトの子供の精巣組織から精子形成に成功した報告はまだありません。
今回は、男性癌患者に対する精子凍結保存についてまとめてみました。
ガイドラインに基づいた男性悪性腫瘍(癌)患者に対する妊孕性温存
2005年に米国生殖医学会(ASRM) 1)、2006年に米国臨床腫瘍学会(ASCO) 2)において、最初に妊孕性※温存のガイドラインが公表されました。
(※妊孕性|にんようせい:妊娠するための力。妊娠のために必要な臓器の能力。)
以後、欧州医学腫瘍学会などの欧米の学会がそれらに続きガイドラインを公表し、最新のものとして2018年にASCOよりClinical Practice Updateが発表されています 3)。
悪性腫瘍とは、癌と肉腫という生命に影響を与える腫瘍のことを指しますが、このブログではわかりやすく「癌」で統一して記載します。
男性癌患者に対するガイドラインに基づいた妊孕性温存チャートを図に示します。
図 男性悪性腫瘍患者に対するガイドラインに基づいた妊孕性温存チャート
妊孕性温存を希望される、つまり将来子供を作りたいと希望がある男性の癌患者は、スクリーニングとカウンセリングを受け、男性不妊症担当医へ紹介されます。多くは泌尿器科医である場合が多いです。
射精可能であり、精液中から精子凍結保存が可能である思春期以後の患者は精子凍結保存が可能です。
その場合は、精液の状態(精子濃度と運動率)を確認した上で、特殊な凍結保護剤を用いて精子を凍結することができます。その際には、1年ごと更新して、凍結保存のための料金を支払う必要があります。凍結された精子は、将来的に体外受精などに用いることが可能です。
射精ができない場合、もしくは射精された精液中に良好な精子を見つけることができない癌患者に対しては精巣組織より精子を採取する必要があります。
悪性腫瘍患者に対する精巣内精子採取術をOnco-TESE (onco-testicular sperm extraction:悪性腫瘍患者に対する精巣内精子採取術) と呼ばれます 3), 4)。
かつては射精不能の患者に対して電気射精が試みられた時代もありました。しかし、電気射精用の道具は家畜用のものであり、手技が危険であることや、良好な精子を得ることが困難であるため、現在はほとんど行われていなません。
Onco-TESE(悪性腫瘍患者に対する精巣内精子採取術)とは?
射精ができない場合、もしくは射精された精液中に良好な精子を見つけることができない場合、もしくは精液中に精子が全くいない無精子症の場合など、あらゆる癌患者に対して採用し得ることができる手術で、精巣内の組織を採取して、そこから精子を取り出し、凍結保存する方法です。
特に、精巣癌患者はOnco-TESEの良い適応とされています。理由として、精巣癌診断時の50-75%が男性不妊症、10-15%が無精子症と診断されており、放射線や抗癌剤などの追加治療で65%が無精子症となると報告されているからです 5)。
精巣癌に対する手術を行った際に、摘出された精巣よりOnco-TESEを行うことにより、精巣精子が採取できる可能性もあります 6)。
思春期前の小児悪性腫瘍患者に対する精巣組織凍結保存
まだ造精機能(精子を作り出す機能)が十分にない思春期以前の男児の癌患者に対する精巣組織凍結保存に関しては、現在実験的な段階です。ASCOのガイドラインにおいても、「小児癌患者に対する唯一の妊孕性温存方法として、卵巣もしくは精巣組織凍結があるが実験的な段階である」と記載されており、積極的に推奨(Recommendation)されているわけではありません 3)。
ただし、動物実験ではありますが凍結保存後の精巣組織から精原幹細胞を体内に移植することにより、生殖細胞を採取することができることが証明されています 7)。また、精巣組織そのものを特殊な方法で培養することにより精子を採取することが可能となっています 8)。これらはすべて動物実験ではありますが、将来的にヒトにも応用されるよう技術の発展が期待されています。
周囲の医療機関との連携
Onco-TESEを施行することができる施設は限られているため、周囲の悪性腫瘍を扱う医療機関との連携は必須です。精子凍結保存には、腫瘍治療医、産婦人科医、泌尿器科医、培養師、遺伝カウンセラー、心理カウンセラー、ソーシャルワーカーが関与する必要があります。
妊孕性温存の流れは複雑であり、これらの専門家がチームを作り、妊孕性温存治療を標準化するプログラムを作成し、効率的かつ迅速な紹介プロセスを構築することが必要となっているのです。
参考文献
1) Ethics Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Fertility preservation and reproduction in cancer patients. Fertil Steril 2005;83:1622–8.
2) Lee SJ, Schover LR, Partridge AH, Patrizio P, Wallace WH, Hagerty K, et al. American Society of Clinical Oncology recommendations on fertility preservation in cancer patients. J Clin Oncol 2006;24:2917–31.
3) Oktay K, Harvey BE, Partridge AH, Quinn GP, Reinecke J, Taylor HS, et al. Fertility preservation in patients with cancer: ASCO clinical practice guideline update. J Clin Oncol 2018;36:1994–2001.
4)Schrader M, M€uller M, Sofikitis N, Straub B, Krause H, Miller K. Onco-tese”: testicular sperm extraction in azoospermic cancer patients before chemotherapy-new guidelines? Urology. 2003;61: 421–5.
5) Roque M, Sampaio M, Salles PG, Geber S. Onco-testicular sperm extraction: birth of a healthy baby after fertility preservation in synchronous bilateral testicular cancer and azoospermia. Andrologia. 2015 May;47(4):482-5.
6) Furuhashi K, Ishikawa T, Hashimoto H, Yamada S, Ogata S, Mizusawa Y, Matsumoto Y, Okamoto E, Kokeguchi S, Shiotani M. Onco-testicular sperm extraction: testicular sperm extraction in azoospermic and very severely oligozoospermic cancer patients. Andrologia. 2013 Apr;45(2):107-10.
7) Ethics Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Fertility preservation and reproduction in patients facing gonadotoxic therapies: an Ethics Committee opinion. Fertil Steril 2018; 110:380–6.
8) Sato T, Katagiri K, Kubota Y, Ogawa T. In vitro sperm production from mouse spermatogonial stem cell lines using an organ culture method. Nat Protoc. 2013 Nov;8(11):2098-104.