男性不妊・メンズヘルス

慢性骨盤痛症候群について

私が解説します

小堀 善友

小堀 善友
男性の性の健康に関する診療を担当。
■泌尿器科医 ■生殖医療専門医 ■性機能学会専門医 ■性科学会セックスセラピスト

原因不明の慢性的な痛み

以下のような症状にお悩みの方はいないでしょうか?

このような症状が慢性的に続いているものの、原因不明であるという例が報告されており、泌尿器科を受診する人の2~6%とも言われています。1) 主に男性に多い症状ですが、女性でも同様の症状を感じることがあります。

また、日本だけの問題という訳ではなく、米国や欧州の学会でもたびたび取り上げられる話題です。

慢性前立腺炎とは?

そうした患者(男性)に「慢性前立腺炎」という診断名がつくことがあります。

ちなみに、急性前立腺炎は尿道(尿の出口)から細菌が入って起こる感染症です。症状は、ひどい排尿痛や発熱など。多くの場合は、抗菌薬による治療で、1週間程度で治ります。

ところが、尿を調べても細菌感染はない、血液検査で炎症も認められない。CTやMRIなどの画像検査をしても異常はない。 エコーで見ても、精索静脈瘤もない。それでもなぜか慢性的に続く痛みや不快感がある。こんなケースが見られます。

このように、「原因は分からないが確かに症状がある」という場合、その症状が前立腺炎と共通していることから「慢性前立腺炎」と診断することがあります。 しかし、実際には前立腺の炎症を証明できるケースは多くはありません。

慢性前立腺炎とは便利な病名であり、そのような状態の患者を全て「慢性前立腺炎」として診断してきたわけです。 このような状態は、症状のみで診断されているので、原因が不明な場合もあり、実際は治療が困難なケースが多いです。 また、本来前立腺がないはずの女性も同様の症状が起こりうることがあるのです。

それは慢性骨盤痛症候群かもしれません

現在は、こうしたケースを前立腺炎とは区別して、「慢性骨盤痛症候群」(CPPS: Chronic Pelvic Pain Syndrome)」と呼ぶようになってきました。

ちなみに、女性に多い病気で「間質性膀胱炎」というものがあります。通常の膀胱炎と違って細菌感染は見られず、やはり原因不明の病気です。
慢性骨盤痛症候群の中には、間質性膀胱炎の症状の一部ではないかと考えられるものもあります。

慢性骨盤痛症候群に関する診断・治療ガイドラインは残念ながらまだありません。原因が分からないので、これまでは症状を抑えるために痛み止めを使うくらいしかありませんでした。

しかし最近、慢性骨盤痛症候群が「神経伝達」の問題と関係していることが明らかになってきました。
患部に明確な原因があるのではなく、泌尿器や筋肉、神経、脳の働きなど、様々な要因が重なって症状に影響していると考えられています。
原因不明の慢性痛は、痛みを感じる「脳の仕組み」に問題が起こっていると考えられています。そのため、慢性骨盤痛症候群に対しても、脳に働くお薬が用いられることがあります 。

慢性骨盤痛症候群は、上記のように複雑な状態であり、治療に難渋することも少なくありません。 また、原因不明と言われて、泌尿器科医においても匙を投げられてしまっている人もいらっしゃると思われます。 お悩みの方は、一度ご相談していただくことをお勧めいたします。

慢性骨盤痛症候群に対してできること

慢性前立腺炎に対しては、生活習慣を見直すことにより改善する可能性があります。以下、エビデンスがある事例について説明いたします。

「座る」習慣を見直す

米国の泌尿器科学会では、患者自身が実践できる対策として、できるだけ座らないようにする生活習慣を勧めています。 座った姿勢は、陰部に体重がかかって神経を圧迫し、痛みが引き起こされます。仕事などで長時間座る習慣のある人は、ドーナツ状の円座クッションなどを使用してみてもいいかもしれません。

また、自転車はなるべく避けましょう。サドルの圧迫が強いため、勃起障害や不妊症の原因になることもあります。

習慣的な運動

運動を継続することも大切です。
腹筋、屈伸、ウオーキング、スイミングといった運動をぜひ継続してください。
運動により、全身の血流が改善し、脳へのよい影響もあると考えられています。慢性痛の改善に対して積極的に推奨されています。
また、たまに運動するだけでは効果がなく、できるだけ毎日運動することをおすすめします。

慢性骨盤痛症候群に対しての薬物療法

鎮痛薬の使用

症状に応じて、アセトアミノフェン、NSAID(非ステロイド系鎮痛薬)、神経障害性疼痛に用いる薬剤などを使用します。

植物由来成分配合薬

前立腺炎の治療薬であるセルニルトンを使用します。世界的に使われており、副作用も少ない薬ですが、症状によっては効果が少ない場合もあります。

抗うつ薬、抗てんかん薬の使用

前述の通り、慢性骨盤痛症候群は神経伝達の問題と関係している場合があります。 そういったときに神経伝達物質に作用する抗うつ薬、抗てんかん薬を使うことで、症状が改善することが分かっています。痛み止めが効かなかった患者さんに、これらのお薬を使ったところ、劇的に改善したという事例も多数報告されています。

また、慢性骨盤痛症候群の患者さんには「神経質な性格」が多い傾向があります。なかなか難しいと思われますが、あまり悩みすぎない方が良いです。

感染症のスクリーニング

前立腺炎の治療を受けていたにもかかわらず、しっかりと感染症のスクリーニングを受けていない人もいます。 性感染症の心当たりがある人は、クラミジアや淋菌だけでなく、マイコプラズマやウレアプラズマなども検査することをお勧めします。 必要があれば、抗菌薬(抗生物質)などにより治療を行います。

漢方薬

骨盤内の疼痛を改善させるための漢方薬があります。漢方薬は、長期間内服しないと回復しないイメージがありますが、実際は短期間で効果がある場合がほとんどです。 逆に、長期間飲んで効果がない場合は、早期に他の治療に切り替えることをお勧めします。

慢性骨盤痛症候群は、長期間に渡って鎮痛薬の治療を受けても症状が改善しなかったり、一度治った症状が再び起こることもあるので、多くの医療機関をドクターショッピングして受診している患者も少なくありません。

この病気は、診断も困難であり、治療期間も長くなる可能性があるため、根気強い治療が必要となります。
まずは、生活習慣の改善を心がけつつ、上記の薬を使用しながら、焦らずに治療を進めていくことをお勧めします。

1) Chronic prostatitis/chronic pelvic pain syndrome: a review of evaluation and therapy. Prostate Cancer Prostatic Dis. 2016 Jun;19(2):132-8.