性感染症である梅毒やクラミジア患者が国内外で増加傾向と報告されています。そのような状況で、クラミジア、淋菌、梅毒といった性感染症を予防することができる方法があるのをご存じでしょうか?

それはDoxy PEP(Doxycycline Post-Exposure Prophylaxis/ドキシペップ)というものであり、性行為後72時間以内にドキシサイクリン(ビブラマイシン)という抗菌薬(抗生物質)を服用することによって、性感染症を予防することができるという方法です。ただし、安易に抗菌薬を使用されることによって耐性菌が出現してしまう可能性があり、どのような場合に使うべきか?ということが議論されていました。

この度ようやく、2024年6月6日に米国CDC(疾病予防管理センター)からDoxy PEPのガイドラインが発行されました1)。今回は、このガイドラインを解説いたします。

Doxy PEPはクラミジア、淋菌、梅毒の予防効果があります

このガイドラインは、過去に研究された4つのDoxy PEPに関する報告を参考にして作成されました。そのうちの3つの研究では、HIV-PrEP(HIV予防薬の服用)を行っているMSM(男性とセックスする男性)とTGW(トランスジェンダー女性:男性の身体で生まれ、性自認は女性の人)の間で行われた研究でした。それらの研究では、性行為後24~72時間以内にドキシサイクリン200㎎を服用することにより、梅毒とクラミジアが70%以上、淋菌感染症が50%以上と発生率が大幅に減少することが判明しました。

最初に性感染症を診断された時期のカプランマイヤー曲線
図1 最初に性感染症を診断された時期のカプランマイヤー曲線2)

淋菌、クラミジア、梅毒の発生率は、ドキシサイクリンを使わなかった群(赤線)と比較して使った群(青線)のほうが低くなりました。

また、シスジェンダー女性(女性の身体で生まれ、性自認が女性の人)に対して行われた研究では、有用性が認められませんでした。上記の結果を受け、どのような集団がDoxy PEPの恩恵を最も受けるかどうかが評価されました。

Doxy PEPを使える人は、限られています!

ガイドラインの要旨は以下の通りです。

  1. 過去12ヵ月にクラミジア、淋菌、梅毒の病歴があるゲイ、バイセクシャル、MSM、TGWがDoxy PEPの適応となる。
  2. 現時点ではシスジェンダーの女性、及びシスジェンダー男性はDoxy PEPの対象とならない。
  3. Doxy PEP初診処方時にSTI(クラミジア、淋菌、梅毒)スクリーニングを行う。HIVスクリーニングも検討が必要。
  4. フォロー中にSTIに関するカウンセリングと、3~6ヵ月ごとに定期検査を行い、Doxy PEPの継続的な必要性を再評価する。

クラミジア、淋菌、梅毒といった性感染症を予防する方法として非常に有効であるのは間違いありませんが、対象がMSMやTGWに限られる、ということになりました。それには、やはりDoxy PEPが感染症を予防するだけではなく、耐性菌を作り出してしまう可能性があるという理由があるからです。

Doxy PEPが耐性菌を作り出す可能性

Doxy PEPが耐性菌を作る可能性を示唆した報告を紹介します3)

中国から、「Doxy PEPの導入は、淋菌の高いテトラサイクリン耐性率や多剤耐性株の出現リスクを考慮すると、慎重になるべき」との報告がありました。

まず、前提条件として、2022年の調査では、中国の淋菌テトラサイクリン系抗菌薬の耐性率がなんと77.1%もありました。そもそも、テトラサイクリン系であるドキシサイクリンをDoxy PEPで使用したとしても、淋菌感染予防という観点ではほとんど効果がないのです。

また、淋菌の治療に使われるセフトリアキソンという抗菌薬があります。セフトリアキソンの耐性菌を調べると、85.7%がドキシサイクリンの耐性菌であることが判明しました。これは、中国でDoxy PEPが広く採用・実施されると、ドキシサイクリンをきっかけとした多剤耐性菌が出現する可能性があることを示しています。Doxy PEPを使用すると、淋菌治療の切り札といっていいセフトリアキソンの耐性菌が増加することにより、治療不能の淋菌が増えてしまうのです。

結局のところ、Doxy PEPの継続的使用のリスクはまだわかっていないのです。Doxy PEPを服用する個人への害(腸内細菌叢の乱れ、性感染症やその他の常在菌の抗菌薬耐性の増加など)が出たり、抗菌薬耐性の増加によりDoxy PEPを使用していない人たちへも害がある可能性があります。さらに、Doxy PEPは個人レベルと集団レベルの両方で腸内細菌叢の多様性に悪影響を及ぼし、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患のリスクを高める可能性もあります。

Doxy PEPを使用することにより、一般的な性感染症の治療薬であるアジスロマイシンやセフトリアキソンの使用量は減少するかもしれません。しかし、裏を返せば当然ドキシサイクリンの使用量が増えることとなります。
「どのような人たちにDoxy PEPを対象にするか」によって、ドキシサイクリンの使用量は大きく変化してきます。結局、トータルとして抗菌薬余計に使ってしまう可能性があるのです。

Doxy PEPのリスクとベネフィットの微妙なバランスを達成することは簡単ではありあません。医療界にとって重要な考慮事項であり、Doxy PEPは軽々しく行われるものではない、と結論付けています。

この報告以外にも、Doxy PEPがさまざまな病原体においてドキシサイクリン以外の抗菌薬に対する交叉耐性(その薬物と類似の構造を持つ他の薬物に対しても耐性を生じること)を獲得する可能性を示した研究や、腸内細菌叢の抗菌薬耐性遺伝子の発現と増加に関連することが判明した報告もありました。

Doxy PEPは非常に魅力的な方法だが、制限が必要

Doxy PEPをすべての人が使えるようになれば、使いたいと思う人はたくさんいると思います。例えば、性風俗を利用したシスジェンダー男性が性感染症予防のために使いたい、と思うのではないでしょうか。

しかし、抗菌薬の開発と細菌の抗菌薬耐性化は「いたちごっこ」であり、抗菌薬を使えば使うほど薬は効きづらくなってきます。例えば、淋菌感染症はかつて内服の抗菌薬でも治療可能でしたたが、現在は多剤耐性化が進んでおり、現時点で有効な薬剤はセフトリアキソンまたはスペクチノマイシンの注射剤しかありません。Doxy PEPが淋菌のみならずさまざまな細菌の抗菌薬耐性化を促進しうる可能性はあると十分考えられます。

ガイドラインがDoxy PEP の適応をMSMとTGWに限定している、ということは意味があることと考えています。現時点で日本国内では、MSMやTGWに限らずに、全ての人を対象にDoxy PEPを処方するクリニックが出てきており、将来的に耐性菌が増加する原因になりかねないと考えています。安易にDoxy PEPを使用することは、重大な問題であると私は考えています。

参考文献
1) CDC Clinical Guidelines on the Use of Doxycycline Postexposure Prophylaxis for Bacterial Sexually Transmitted Infection Prevention, United States, 2024
Recommendations and Reports / June 6, 2024 / 73(2);1–8
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/rr/rr7302a1.htm

2) Luetkemeyer AF, et al. Postexposure Doxycycline to Prevent Bacterial Sexually Transmitted Infections. N Engl J Med. 2023;388:1296-1306.
3) Xiu L, et al. Challenges and Considerations in Implementing Doxycycline Post-Exposure Prophylaxis for Sexually Transmitted Infection Prevention in China. Clin Infect Dis. 2024 Jun 3:ciae309. doi: 10.1093/cid/ciae309